大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和53年(オ)73号 判決

上告人

西本かじ

右訴訟代理人

吉岡良治

被上告人

廣田俊彦

右訴訟代理人

久保泉

主文

原判決中上告人に対し金三四万五八〇六円の支払を命じた部分を破棄する。

前項の部分に関する被上告人の請求を棄却する。

上告人のその余の上告を棄却する。

訴訟の総費用はこれを五分し、その二を被上告人の、その余を上告人の各負担とする。

理由

上告代理人吉岡良治の上告理由について

原審が適法に確定したところによると、(1) 被上告人は、昭和一五年二月二二日から本件土地125.61坪を含む225.14坪の土地を一括して上告人に賃貸していたが、右貸地全部の賃料は同二九年四月から月額三八二五円にすえ置かれていた、(2) 被上告人は、上告人に対し、昭和四七年五月一九日到達の書面で、本件土地を除く右貸地のうち79.82坪については無断転貸を理由に契約を解除するとともに、本件土地の賃料を右書面到達の日から坪当たり月額二八二円(後に二七四円に訂正)に、同四八年五月二五日到達の書面で、翌二六日から坪当たり月額三六七円に各増額する旨の意思表示をした、(3) 上告人は、右賃貸借契約解除の効力を争い、全借地225.14坪分の賃料として、昭和四七年五月分については二万九六三四円、同六月分については七万〇五〇〇円を被上告人に送金した、(4) 上告人は、被上告人の受領拒絶の意思が明らかなため、全借地分の賃料として、同年七月分から同四八年五月二五日分まで月額六万一六八八円(坪当たり二七四円に借地面積225.14坪を乗じた金額)の割合による金員を弁済のため供託した、(5) 本件土地の相当賃料額は、昭和四七年五月一九日から月額三万二〇〇〇円、同四八年五月二六日から月額四万円となつたものと認められる、というのである。

原審は、右の事実関係のもとにおいて、上告人が全借地につき一括してした供託は、被上告人において容易に本件土地部分の賃料のみの還付を受けることができないから、債務の本旨に従つてされたものとはいえず、債務消滅の効果を生ずることがなく、上告人は被上告人に対して昭和四七年七月一日から同四八年五月二五日までの本件土地の賃料合計三四万五八〇六円を支払う義務がある、と判断した。

しかしながら、土地の賃貸人が、一括して賃貸した土地の一部につき賃貸借契約を解除し、賃借人に対し右部分については損害金として残余の部分については賃料として金員の支払を求め、賃借人が右賃貸借契約解除の効力を争い右土地の全部につき全額を賃料として弁済のため供託した場合においては、賃貸人は賃貸借契約が存続していると主張する土地に対応する部分に相当する賃料額を計算したうえ右供託金から右賃料額の還付を受けることができるものであり(供託規則三一条参照)、これにより賃貸人に不当な負担を負わせ又はその立場を不利にするものではないから、右供託は、右賃料部分に関しては債務の本旨に従つたものとして有効な弁済供託であり、賃借人に右賃料部分についての債務を免れさせる効果を生ずるものというべきである。

そうすると、上告人が供託により本件土地の賃料債務を免れるものといえないとした原判決は、法令の解釈を誤つた違法であるというべきであり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記原審の確定した事実関係のもとにおいては、上告人は、昭和四七年七月一日から同四八年五月二五日までの本件土地の賃料合計三四万五八〇六円の債務を免れたものというべきであるから、原判決中上告人に対し金三四万五八〇六円の支払を命じた部分を破棄し、右部分に関する被上告人の請求を棄却することとし、上告人のその余の上告は失当であるから棄却すべきである。

よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、九二条の規定に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(環昌一 高辻正己 服部高顯 横井大三)

上告代理人吉岡良治の上告理由

原判決主文1(一)「被告は原告に対し、三四万五八〇六円を支払え」は違法判断である。

一、民法四九四条によれば、債務者が目的物を供託した場合、債務を免れることになつている。こゝにわが民法では、ドイツ民法と異なり、供託によつて債権が当然消滅するのである(我妻債権総論三一二頁)。

ところで原判決では本件供託は送金の場合と異なり、債務消滅の効果を生じないとする。これは明らかに判決(主文1(一))に影響を与えるべき法令違背である。

そもそも供託が有効であるためには

① 供託原因が存在すること

② 供託によつて債務者の取得する供託所に対する債権が、債務者に対する債権と同一内容のものであることを必要とする

のであるが、本件では①については被上告人の受領拒絶を通して明らかに存在し②についてもこれまで送金してきて上告人が受領を拒絶されたので供託したにすぎないものであり、当然その要件は充足する。原判決は特に②の要件について「送金の場合と異なり、原告において容易に本件借地部分の地代のみの還付を受けることはできないから、その点において債務の本旨に従つたものとはいえず」と理由付けしている。

しかしこの判断は次の点で誤つている。

(イ) そもそも供託は有効な弁済提供が拒絶されたので行う債務消滅行為である。本件でも原判決は、供託前の送金行為(昭和四七年五月一九日から同年六月三〇日までの地代)が弁済提供として有効なものであることは認めている。だからこそ、上告人もこの送金行為が拒絶された後はそのまゝ供託したのであり、原判決がいう送金は弁済として有効だが、供託は無効(債務消滅効は生じない)ということは相矛盾しているものとせざるを得ない。

(ロ) 又、本件供託金は本訴訟で問題になつている借地の地代と明渡し請求されている損害金を含み、それらの全借地である(第一審判決別紙図面③〜⑩)。そもそも上告人は被上告人から昭和四二年三月、全借地につき明渡しを請求され、それが発端となり当時から地代一括供託をしてきたように、そもそも全借地一括供託は被上告人が原因をつくつたものである。その後、本件訴訟の地代値上げ分と、別訴訟の明渡し分と、被上告人は事件を二つに分けたが、それでも前述のように昭和四七年五月、六月分は一括して地代を受領しているのである。かゝる経過から見ても、原判決の違法性は明らかである。

(ハ) 更に原判決は「本件借地の地代のみの還付を受けることができないから」送金と異なるとも言つている。しかし被上告人としては将来清算することを留保して還付はできるのであり、又本件が地代であるのに相応し、別件の訴(明渡し請求)も名目は「損害金」となつているが実質は「地代」であり、本件借地を含めて供託された金員を一括して内金として受領してもさしつかえないはずである。又、原判決の右理由の趣旨が両者(明渡しの損害金と本件値上地代分)と区別ができないから還付を受けることができないとするのであれば、全く杞憂にすぎなく、それぞれの面積に応じて分配すればよいだけで、送金を有効とする原判決の態度とも一貫しないものである。

二、原判決の七九坪八二の借地部分転貸にともなう上告人解除の有効判断について

そもそも前述のように、原判決が、送金は有効だが供託は無効だとする判断は、別訴で争われている明渡し請求に付その転貸が被上告人の承諾を得ていないがゆえに解除を有効とする前提に立つて判断しているものである(これは原判決に明記されている)。しかし、

① この(無断)転貸問題は、まさに上告人・被上告人両当事者とも全く本件では争点にしてさえいないどころか、被上告人でさえ主張してもいないものであり、原判決がこれを供託無効の重要な前提と事実として勝手に事実認定していることは、重要な釈明権不行使として審理不尽をまぬがれぬものである。

② 別訴転貸にともなう明渡裁判は(大阪地方裁判所昭和四七年(ワ)第三〇九二号)事実問題として、二〇数年も前の事実を被上告人が現在問題にしているのであり、むろんその当時は被上告人の承諾を得て転貸は有効に行われたものであり、いずれにしても不当な請求であるとして上告人らは応訴しているのである。すでに提訴以来三年を経過しているが、それ程の裁判を本件では一ぺんの釈明もなく、裁判所が片付けてしまつたことは、そもそも本件争点が地代の値上げであつたことからすればきわめて恣意的な判断である。

③ 結局、原判決が無断転貸により解除は有効として、前提事実を作つてしまつたことは、さきの、一括供託は債務消滅とならないと結論づけるために、無理にこしらえたものとしか考えられないわけである。

三、以上の通りであるから、上告人が全借地につき一括して供託したものの、債務消滅の効果は生じないとした原判決は違法である。従つて、上告人が原審で控訴人第五回準備書面第一、三で述べた如く、昭和四七年五月一九日から昭和四八年五月二五日までの地代は直接または供託を通じて支払つているのであり、原判決主文1(一)は変更されるべきである。

本件供託が債務消滅を生じないとする原判決の誤り(補充)

一般に供託原因について留保つきで還付請求をし、供託物を受領しうることは判例及び取扱い例である。即ち、

① 判例においては債務額に争いのある場合には、債務者が金額として供託した金額を一部弁済に充当する、として受領することができるとしている(最判三六、七、二〇判時二六九号七頁等)。また供託金の性質及び金額について訴訟で争つている場合においても、当然に留保の意思表示あるとして、解除係争中の借家人が家賃として供託したものを損害金の一部として受領するのを有効とした(最判四二、八、二四民集二一、七、一七一九)。

② 実務取扱いも、債権の一部に充当する旨の留保つきで、還付請求した場合に払渡請求を認可してよいとしている(昭三五、三、三〇民事甲七七五民事局長電話回答)。

また法律的においても、係争中に債権者の手がだせない、とするのはきわめて問題である。

このような判例、取扱い例をみると、本件の場合のように明渡分と増額分と一括供託している場合、当然原告(被上告人)としてはそれを計算した上で分別し、あるいは分別しないながらも後に清算することを留保して還付はできるのである(原審第七回準備書面参照)。

従つて原判決が債務消滅の効果を本件借地分の地代のみの還付を受けることができないから、債務消滅の効果は生じないとするのは誤りである。

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